2011年11月28日月曜日

序: チェルノブイリについての厄介な真実

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※お断り: 当ブログ上に掲載する訳はあくまでも暫定訳であり、
出版される際にはさらに訂正・修正が加えられる可能性があります。
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アレクセイ・V・ネステレンコ(a)、ヴァシリイ・B・ネステレンコ(a)、
アレクセイ・V・ヤブロコフ(b)

a) ベラルーシ放射線安全研究所(BELRAD)、ミンスク(ベラルーシ)
b) ロシア科学アカデミー、モスクワ(ロシア)


1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発は、地球上の何百万、何千万もの人びとにとって、人生を二分するものになった。「事故前」と「事故後」である。チェルノブイリ大惨事では「リクビダートル」、すなわち現場で放射能漏出を食い止めようとした事故処理作業員が危険を顧みず未曾有の技術的危機に徒手空拳で立ち向かった一方、私たちの見る限り、公職者は卑怯な臆病ぶりを露呈し、何の落ち度もない住民が想像を絶する害を被る恐れがあることを警告しなかった。チェルノブイリは人間の苦しみと同義になり、私たちの生きる世界に新しい言葉を付け加えた――チェルノブイリのリクビダートル、チェルノブイリの子どもたち、チェルノブイリのAIDS(訳注1)、チェルノブイリの汚染、チェルノブイリ・ハート、チェルノブイリ・ダスト、そしてチェルノブイリの首飾り(甲状腺疾患)(訳注2・3)などである。

この23年間で、原子力発電には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。チェルノブイリのたった一つの原子炉からの放射性物質の排出は、広島と長崎に投下された爆弾による放射能汚染を数百倍も上回った。どこの国の市民もだれひとりとして、自分が放射能汚染から守られうるという確証を得られなかった。一つの原子炉だけでも地球の半分を汚染することができるのだ。チェルノブイリの放射性降下物は北半球全体を覆った。

いまだにわからないことがある。どれほど多くの放射性核種が世界に拡散したのか。「石棺」すなわち原子炉を覆うドームの中に、依然としてどれぐらいの放射能が残留しているのか。だれもはっきりとはわからないが、推計には幅があり、原子炉から放出された放射性核種総量の4%から5%にあたる50×10の6乗キュリーが残っているとするものから、原子炉は実質的に空であり、10×10の9乗以上が地球全体に広がったとするものまである(第1章第1節参照)。最終的に何人のリクビダートルが事故緩和処理にあたったのかすらわからない。旧ソ連国防省から出された1989年6月9日付けの命令が、守秘を命じたからだ(第2章第3節参照)。

2005年4月、大惨事から20年を迎えるのに先立って、第3回チェルノブイリ・フォーラム会合がウィーンで開催された。フォーラムに参加した専門家は、国際原子力機関(IAEA)、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機関(WHO)の代表と、国連、世界銀行、およびベラルーシ、ロシア、ウクライナ各国政府機関からの派遣者などだった。フォーラムの成果として、3巻からなる報告書が2005年9月に提出された(IAEA、2005年。国連開発計画(UNDP)、2002年。WHO、2006年。最新の要約版はIAEA、2006年を参照のこと)。

フォーラム報告書の医学に関する巻の基本的な結論によると、被害者は9,000人で、死亡あるいは放射線誘発ガンを発症したが、自然に発生するガンがあることを考慮した場合、「死亡の正確な原因を特定するのは困難だ」とされている。約4,000人の子どもが甲状腺ガンの手術を受けた。汚染地域ではリクビダートルと子どもたちに白内障の増加が見られた。汚染地域の住民のあいだに広がる貧困、被害者意識、運命論に基づくあきらめのほうが放射能汚染より危険だと指摘する者もいる。一部が原子力産業と結びついたこうした専門家は、総体的に見て、人びとの健康に対する悪影響はそれまで考えられていたほど重大なものではないと結論した。

これに反する立場を表明したのが当時の国連事務総長、コフィ・アナンだった。
――チェルノブイリは、私たちみなが記憶から消し去りたいと思っている言葉です。しかしながら、700万を超す同胞にとっては忘れたくても忘れられない。その人たちはあの出来事の結果、今も毎日苦しんでいます。……被害者の正確な数がわかることは決してありません。しかし、2016年、あるいはそれよりも早い時期に300万の子どもが治療を必要としているということは、深刻な病気の恐れのある人がそれだけいるということです。……そうした人たちは子ども時代だけでなく将来の生活も損なわれるでしょう。若くして亡くなる人も多いでしょう。(AP 2000年)

チェルノブイリの放射性核種によって汚染された地域に住む人びとは30億人を下らない。汚染地域の広さは、ヨーロッパの13ヵ国の面積の50%以上におよび、それ以外の8ヵ国の面積の30%に及ぶ(第1章第1節参照)。生物学的・統計学的法則にしたがえば、こうした地域では多くの世代にわたって悪影響が現れるだろう。

大惨事後まもなく、懸念を抱いた医師たちは汚染地域で疾患が著しく増えていることに気づき、支援を求めた。原子力産業とかかわりのある専門家は、チェルノブイリの放射線に関して「統計的に確かな」証拠はないと権威的に宣言する一方で、公式文書では、大惨事直後の10年間に甲状腺ガンの数が「予想外に」増えたことを認めている。ベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの、チェルノブイリ事故によって汚染された地域では、1985年以前は80%の子どもが健康だった。しかし、今日では健康な子どもは20%に満たない。重度汚染地域では、健康な子どもをひとりでも見つけることは難しい(第2章第4節参照)。

汚染地域での疾病の発生が増えたことを、集団検診の実施や社会経済要因に帰すことは不合理だと私たちは考える。唯一の変数は放射能汚染という負荷だからだ。チェルノブイリの放射線の悲惨な影響には悪性新生物と脳の損傷、とりわけ子宮内での発育期間中に被る脳の損傷がある(第2章第6節参照)。

なぜ専門家の評価にこれほどの食い違いがあるのか。

理由はいくつかある。一つには、放射線による疾患に関して何らかの結論を出すには疾患の発生数と被曝線量の相関関係が必要だと、一部の専門家が考えているからである。これは不可能だと私たちは考える。最初の数日間、まったく計測が行われなかったからだ。当初の放射能レベルは、数週間から数ヵ月たってやっと計測されたレベルよりも1,000倍も高かった可能性がある。場所によって種類と線量が異なり、ときには「ホットスポット」を生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)などすべての同位体がどれだけ影響しているかを計測することも、あるいは特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

第二の理由は、一部の専門家が、結論を出すには、広島・長崎の被爆者の場合と同様、放射線総量に基づいて放射線の影響を算出するしかないと考えているからである。日本では原子爆弾投下直後の4年間、調査研究が禁止されていた。その間に、もっとも弱った者のうち10万人以上が死亡した。チェルノブイリの後も同じような死者が出た。しかし、旧ソ連当局は医師が疾患を放射線と関連付けることを公式に禁止し、日本で行われたのと同様、当初の3年間はすべてのデータが機密指定された(第2章第3節参照)。

独立した調査を行い、民族的・社会的・経済的には同一の特質をもちながら、放射線被曝の強度だけが異なるさまざまな地域について、人びとの健康状態を比較している科学者たちがいる。時間軸に沿った集団間の比較(縦断研究)は科学的に有効であり、こうした比較によれば、健康状態の差はまぎれもなくチェルノブイリの放射性降下物に帰される(第2章第3章参照)。

本書は、チェルノブイリ大惨事による影響の真の規模を明らかにし、記録しようとするものである。


<訳注>

1. チェルノブイリエイズ: 被曝により免疫機能が低下し、エイズ患者のように感染症を繰り返す状態。

2. 甲状腺疾患: 原子炉事故などで放出された放射性ヨウ素は身体に取り込まれると甲状腺に蓄積する。放射線により甲状腺細胞が傷害され甲状腺ガンのみならず、自己免疫疾患、甲状腺炎などの原因になる。特に発育過程の子どもは影響を受けやすい。

3. チェルノブイリの首飾り: 甲状腺ガンの手術の傷跡のことで、チェルノブイリ被曝者の象徴ともなった。


<< 訂正 >>

※12月6日、下記の箇所を訂正しました。

[第2段落]

この23年間で、原子力には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。→ この23年間で、原子力発電には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。

[第11段落]

場所によって変わり、「ホットスポット」も生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)など全同位体の付加量を計測することも、あるいは、ある特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

→ 場所によって種類と線量が異なり、ときには「ホットスポット」を生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)などすべての同位体がどれだけ影響しているかを計測することも、あるいは特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

4 件のコメント:

  1. 英語版では "Chernobyl collar (thyroid disease)" となっているところに「チェルノブイリの首飾り」という甲状腺癌の手術創の語を当てておられますが、Collarは甲状腺癌手術創ではなく甲状腺炎などにより腫れた甲状腺の状態を指しているのではないかと思っています。

    原著では、原則的に "thyroid disease" は良性の疾病に対して使用されている用語で、癌について言及したいときは原則的に "thyroid cancer" の語が用いられています。(例:第5節のアブストラクト部など。"Endocrine dysfunction, particularly thyroid disease... 1,000 cases of thyroid dysfunction for every case of thyroid cancer...")

    また、仮に手術創だと思うなら、"Chernobyl collar (thyroid disease)" という括弧の付け方も不自然です。手術創そのものは disease ではないのですから。

    もっとも、collar の語はこの報告書中この1箇所しか出てこないことや、私はこの文献以外で "Chernobyl collar" という語が用いられている資料をほとんど見つけられませんでした。(唯一見つかったのは、この出所不明のパワーポイント資料で、この資料中では Chernobyl collar = Thyroditis = 甲状腺炎 です。)

    私は専門家ではないのでもし私の認識のほうが間違っていた場合は失礼致します。

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    1. 朝彦さん

      コメントありがとうございます。
      Chernobyl collar は、ここでは「喉に残る手術の傷跡」のことを指している、と原著者のヤブロコフ博士に確認していただいています。括弧に (thyroid disease)とあるのは、甲状腺疾患と関係している、あるいは甲状腺疾患が原因の、ということを意味しているのだと思います。

      チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト事務局

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  2. ***チェルノブイリの首飾り (Chernobyl necklace) ***

    という言葉は、世界的に超有名です。
    もちろん、甲状腺ガン手術後のあの首の生々しい傷跡のこと。
    翻訳プロジェクト事務局が正しく理解している通り。
    http://en.wikipedia.org/wiki/Chernobyl_necklace

    朝彦さんは、たぶん男性なので、collarがnecklaceであることに気付かなかったのでしょう。英語圏の女性なら、collarとはnecklaceであることがすぐにわかります。
    Chernobyl collar とはまさに Chernobyl necklace にほかならない。
    Chernobyl necklace で検索してみてください。山のようにこの言葉が引用されている。

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  3. 素晴らしい記事を書いています。私はちょうどすべてを読んでいること。素晴らしい記事をありがとう。

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