2011年11月28日月曜日

序: チェルノブイリについての厄介な真実

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※お断り: 当ブログ上に掲載する訳はあくまでも暫定訳であり、
出版される際にはさらに訂正・修正が加えられる可能性があります。
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アレクセイ・V・ネステレンコ(a)、ヴァシリイ・B・ネステレンコ(a)、
アレクセイ・V・ヤブロコフ(b)

a) ベラルーシ放射線安全研究所(BELRAD)、ミンスク(ベラルーシ)
b) ロシア科学アカデミー、モスクワ(ロシア)


1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発は、地球上の何百万、何千万もの人びとにとって、人生を二分するものになった。「事故前」と「事故後」である。チェルノブイリ大惨事では「リクビダートル」、すなわち現場で放射能漏出を食い止めようとした事故処理作業員が危険を顧みず未曾有の技術的危機に徒手空拳で立ち向かった一方、私たちの見る限り、公職者は卑怯な臆病ぶりを露呈し、何の落ち度もない住民が想像を絶する害を被る恐れがあることを警告しなかった。チェルノブイリは人間の苦しみと同義になり、私たちの生きる世界に新しい言葉を付け加えた――チェルノブイリのリクビダートル、チェルノブイリの子どもたち、チェルノブイリのAIDS(訳注1)、チェルノブイリの汚染、チェルノブイリ・ハート、チェルノブイリ・ダスト、そしてチェルノブイリの首飾り(甲状腺疾患)(訳注2・3)などである。

この23年間で、原子力発電には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。チェルノブイリのたった一つの原子炉からの放射性物質の排出は、広島と長崎に投下された爆弾による放射能汚染を数百倍も上回った。どこの国の市民もだれひとりとして、自分が放射能汚染から守られうるという確証を得られなかった。一つの原子炉だけでも地球の半分を汚染することができるのだ。チェルノブイリの放射性降下物は北半球全体を覆った。

いまだにわからないことがある。どれほど多くの放射性核種が世界に拡散したのか。「石棺」すなわち原子炉を覆うドームの中に、依然としてどれぐらいの放射能が残留しているのか。だれもはっきりとはわからないが、推計には幅があり、原子炉から放出された放射性核種総量の4%から5%にあたる50×10の6乗キュリーが残っているとするものから、原子炉は実質的に空であり、10×10の9乗以上が地球全体に広がったとするものまである(第1章第1節参照)。最終的に何人のリクビダートルが事故緩和処理にあたったのかすらわからない。旧ソ連国防省から出された1989年6月9日付けの命令が、守秘を命じたからだ(第2章第3節参照)。

2005年4月、大惨事から20年を迎えるのに先立って、第3回チェルノブイリ・フォーラム会合がウィーンで開催された。フォーラムに参加した専門家は、国際原子力機関(IAEA)、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機関(WHO)の代表と、国連、世界銀行、およびベラルーシ、ロシア、ウクライナ各国政府機関からの派遣者などだった。フォーラムの成果として、3巻からなる報告書が2005年9月に提出された(IAEA、2005年。国連開発計画(UNDP)、2002年。WHO、2006年。最新の要約版はIAEA、2006年を参照のこと)。

フォーラム報告書の医学に関する巻の基本的な結論によると、被害者は9,000人で、死亡あるいは放射線誘発ガンを発症したが、自然に発生するガンがあることを考慮した場合、「死亡の正確な原因を特定するのは困難だ」とされている。約4,000人の子どもが甲状腺ガンの手術を受けた。汚染地域ではリクビダートルと子どもたちに白内障の増加が見られた。汚染地域の住民のあいだに広がる貧困、被害者意識、運命論に基づくあきらめのほうが放射能汚染より危険だと指摘する者もいる。一部が原子力産業と結びついたこうした専門家は、総体的に見て、人びとの健康に対する悪影響はそれまで考えられていたほど重大なものではないと結論した。

これに反する立場を表明したのが当時の国連事務総長、コフィ・アナンだった。
――チェルノブイリは、私たちみなが記憶から消し去りたいと思っている言葉です。しかしながら、700万を超す同胞にとっては忘れたくても忘れられない。その人たちはあの出来事の結果、今も毎日苦しんでいます。……被害者の正確な数がわかることは決してありません。しかし、2016年、あるいはそれよりも早い時期に300万の子どもが治療を必要としているということは、深刻な病気の恐れのある人がそれだけいるということです。……そうした人たちは子ども時代だけでなく将来の生活も損なわれるでしょう。若くして亡くなる人も多いでしょう。(AP 2000年)

チェルノブイリの放射性核種によって汚染された地域に住む人びとは30億人を下らない。汚染地域の広さは、ヨーロッパの13ヵ国の面積の50%以上におよび、それ以外の8ヵ国の面積の30%に及ぶ(第1章第1節参照)。生物学的・統計学的法則にしたがえば、こうした地域では多くの世代にわたって悪影響が現れるだろう。

大惨事後まもなく、懸念を抱いた医師たちは汚染地域で疾患が著しく増えていることに気づき、支援を求めた。原子力産業とかかわりのある専門家は、チェルノブイリの放射線に関して「統計的に確かな」証拠はないと権威的に宣言する一方で、公式文書では、大惨事直後の10年間に甲状腺ガンの数が「予想外に」増えたことを認めている。ベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの、チェルノブイリ事故によって汚染された地域では、1985年以前は80%の子どもが健康だった。しかし、今日では健康な子どもは20%に満たない。重度汚染地域では、健康な子どもをひとりでも見つけることは難しい(第2章第4節参照)。

汚染地域での疾病の発生が増えたことを、集団検診の実施や社会経済要因に帰すことは不合理だと私たちは考える。唯一の変数は放射能汚染という負荷だからだ。チェルノブイリの放射線の悲惨な影響には悪性新生物と脳の損傷、とりわけ子宮内での発育期間中に被る脳の損傷がある(第2章第6節参照)。

なぜ専門家の評価にこれほどの食い違いがあるのか。

理由はいくつかある。一つには、放射線による疾患に関して何らかの結論を出すには疾患の発生数と被曝線量の相関関係が必要だと、一部の専門家が考えているからである。これは不可能だと私たちは考える。最初の数日間、まったく計測が行われなかったからだ。当初の放射能レベルは、数週間から数ヵ月たってやっと計測されたレベルよりも1,000倍も高かった可能性がある。場所によって種類と線量が異なり、ときには「ホットスポット」を生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)などすべての同位体がどれだけ影響しているかを計測することも、あるいは特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

第二の理由は、一部の専門家が、結論を出すには、広島・長崎の被爆者の場合と同様、放射線総量に基づいて放射線の影響を算出するしかないと考えているからである。日本では原子爆弾投下直後の4年間、調査研究が禁止されていた。その間に、もっとも弱った者のうち10万人以上が死亡した。チェルノブイリの後も同じような死者が出た。しかし、旧ソ連当局は医師が疾患を放射線と関連付けることを公式に禁止し、日本で行われたのと同様、当初の3年間はすべてのデータが機密指定された(第2章第3節参照)。

独立した調査を行い、民族的・社会的・経済的には同一の特質をもちながら、放射線被曝の強度だけが異なるさまざまな地域について、人びとの健康状態を比較している科学者たちがいる。時間軸に沿った集団間の比較(縦断研究)は科学的に有効であり、こうした比較によれば、健康状態の差はまぎれもなくチェルノブイリの放射性降下物に帰される(第2章第3章参照)。

本書は、チェルノブイリ大惨事による影響の真の規模を明らかにし、記録しようとするものである。


<訳注>

1. チェルノブイリエイズ: 被曝により免疫機能が低下し、エイズ患者のように感染症を繰り返す状態。

2. 甲状腺疾患: 原子炉事故などで放出された放射性ヨウ素は身体に取り込まれると甲状腺に蓄積する。放射線により甲状腺細胞が傷害され甲状腺ガンのみならず、自己免疫疾患、甲状腺炎などの原因になる。特に発育過程の子どもは影響を受けやすい。

3. チェルノブイリの首飾り: 甲状腺ガンの手術の傷跡のことで、チェルノブイリ被曝者の象徴ともなった。


<< 訂正 >>

※12月6日、下記の箇所を訂正しました。

[第2段落]

この23年間で、原子力には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。→ この23年間で、原子力発電には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。

[第11段落]

場所によって変わり、「ホットスポット」も生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)など全同位体の付加量を計測することも、あるいは、ある特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

→ 場所によって種類と線量が異なり、ときには「ホットスポット」を生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)などすべての同位体がどれだけ影響しているかを計測することも、あるいは特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

2011年11月15日火曜日

第2章第5節 (6) 尿生殖路の疾患と生殖障害


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放射線被曝は、腎臓、膀胱、尿路ばかりでなく、卵巣と精巣にも直接の損傷を与える。しかし、卵巣と精巣は、直接的な放射能の影響だけでなく、内分泌攪乱を通じて間接的な影響も受ける。構造的ならびに機能的なこれらの障害によって生殖過程が損なわれる。

チェルノブイリの放射線による尿生殖路の機能の異変についてはいくつか研究例があるものの、深刻な異変のすべてを説明するに足る情報はいまだ存在しない。たとえば、放射線核種が体内に取り込まれた結果、女性の体内の男性ホルモンのレベルが上昇するのは予想外のことであり(Bandazhevsky, 1999 を参照)、また、各種の放射線核種が性成熟の速度に対して相矛盾する影響を与えることも予想されていなかった(Paramonova and Nedvetskaya, 1993)。

5.6.1. ベラルーシ

1. 被曝した両親から生まれた10歳から14歳の女子を1993年から2003年まで調査したところ、性成熟に有意な遅れがみられた(National Belarussian Report, 2006)。

2. 大惨事のあとに重度汚染地域で生まれた子どもたちは、汚染度が低い地域で生まれた子どもたちよりも生殖器の障害が多かった。その差は女児では5倍、男児については3倍だった(Nesterenko et al., 1993)。

3. チェルノブイリによって重度に汚染された地域では、コルチゾール、チロキシン、プロゲステロンといったホルモンの機能不全に関連した性分化障害、および身体発育障害のある子どもの数が増加した(Sharapov, 2001; Reuters, 2000b)。

4. ゴメリ州チェチェルスク地区(1平方キロメートルあたり5〜70キュリー)では、放射能汚染の度合いに応じて外性器の発達異常と性発達の遅れがみられた(Kulakov et al., 1997)。

5. 調査の対象となった102万6,046人の妊婦のうち、尿生殖路の疾病の発症率は汚染のひどい地域ほど有意に高かった(Busuet et al., 2002)。

6.   1991年と2001年を比べると、汚染地域に住む妊娠可能な女性の婦人科疾病の発生率と、妊娠中および出産の際の合併症の数に大幅な増加がみられた(Belookaya et al, 2002)。

7.   ゴメリ州チェチェルスク地区(1平方キロメートルあたり5〜70キュリー)では、 放射能汚染の度合いに応じて、婦人科疾病(妊娠中および産後の貧血症を含む)の罹病率と異常分娩の増加がみられた(Kulakov et al., 1997)。

8.   汚染地域では流産と、薬剤による人工妊娠中絶が増加した(Golovko and Izhevsky, 1996)。

9.   大惨事後まもなく、汚染地域に住む妊娠可能な女性の大多数に月経障害が起きた(Nesterenko et al., 1993)。婦人科の問題の頻発や初潮の遅れは、地域の放射能汚染の程度と相関関係があった(Kulakov et al., 1997)。

10.   1平方キロメートルあたり1〜5キュリーの汚染のある地域(ゴメリ市)に住む未産婦にみられる月経異常は、卵巣の嚢胞変性性変化と子宮内膜肥厚の増加に関連があった。卵巣の大きさは血清中のテストステロンの濃度と正の相関を示した(Yagovdik, 1998)。

11.   ゴメリ市、モギリョフ市、ヴィテブスク市では、1981年から1995年のあいだに子宮内膜症の発生率が2.5倍近くまで上昇し(外科治療を受けた女性が1,254人)、発症例はチェルノブイリ事故直後の5年間が最多であった。子宮内膜症に罹った女性の年齢は、汚染の程度が高い地域で、汚染の少ない地域より4歳から5歳若かった(Al-Shubul and Suprun, 2000)。

12.   汚染地域における原発性不妊症の数は、1991年に1986年の5.5倍に増加した。不妊症の明白な理由には、6.6倍に増加した精子異常、硬化嚢胞性卵巣(訳注1)の倍増、内分泌障害が3倍に増加したことなどが挙げられる(Shilko et al., 1993)。

13.  若い男性(25歳から30歳)におけるインポテンツと地域の放射能汚染の程度には相関関係があった(Shilko et al., 1993)。

「‥‥医師たちは次のように述懐する。『ある村で、泌乳(*)している12人の老齢の女性を見つけた。つまり、70歳を超える女性たちが、まるで授乳中であるかのように母乳を分泌していたのである。専門家たちが低線量被曝の影響について論争するのはいいが、一般人にとってこれは想像さえつかないことだ‥‥』」(Aleksievich, 1997)。
原注* 妊娠を伴わない母乳分泌(乳汁漏出症または高プロラクチン血症と呼ばれる)は、脳下垂体機能不全の表出の一種である。

5.6.2    ウクライナ

1.   汚染地域の子どもたちのあいだでの泌尿生殖器の疾病は、1987年には1,000人につき 0.8例だったが、2004年には1,000人につき 22.8例に増加した(Horishna, 2005)。

2.   1988年から1999年にかけて、汚染地域の住民における泌尿生殖器の疾病の発生率が2倍以上に増加した(Prysyazhnyuk et al., 2002)。

3.   汚染地域に住む母親から堕胎された胎児の骨組織において、アルファ放射性核種のレベルが有意に高い(Luk'yanova, 2003)。

4.   汚染地域に住む少女たちは思春期の発来が遅れた(Vovk and Mysurgyna, 1994)。汚染地域の1,017人の女児および十代の少女のうち、11%に性成熟の遅れがみられた(lukyanova, 2003)。

5.   ストロンチウム90(Sr-90)とプルトニウム(Pu)に汚染された地域では、思春期の発来が男子で2年、女子では1年遅れた。セシウム137(Cs-137)に汚染された地域では性発達の加速がみられた(paramonova and Nedvetskaya, 1993)。

6.   キエフ州ポレーシェ地区では、放射能汚染の程度(1平方キロメートルあたり20〜60キュリー)に応じて外性器の発達異常と性発達の遅れがみられた(Kulakov et al., 1997 )。

7.   避難者の子どもで、大惨事後に診察を受けた女児および少女1,017人(8歳から18歳)のうち、11%に性発達の遅れ(第二次性徴の発達不全、子宮発育不全、初潮の遅れ)がみられ、14%に月経機能障害があった(Vovk, 1995)。

8.   1986年に未成年で被曝した女性は、被曝しなかった女性に比べて出産時の問題が著しく多い(表 5.35)。

9.   1986年に未成年で被曝した女性から生まれた新生児では、被曝しなかった女性から生まれた新生児に比べ、身体障害の発生率がほぼ2倍に達する(Nyagy, 2006)。

10.   大惨事後8年間にわたって汚染地域で行われた1万6,000人の妊婦を対象とした調査の結果、次のことが明らかになった。すなわち、腎疾患の罹病率が12%から51%に増加し、羊水過少症が48%の増加。新生児呼吸器疾患が2.8倍に増加し、早産はほぼ2倍に増加。また妊娠30週から32週という通常より早い時期に胎盤劣化がみられた(Dashkevich et al., 1995)。


表 5.35 1986年に未成年で被曝した汚染地域に住む女性の出産に関するデータ
(Nyagy, 2006)


11.   キエフ州ポレーシェ地区では、放射能汚染の程度(1平方キロメートルあたり20〜60キュリー)に応じて、婦人科疾病の罹病率(妊娠中および産後の貧血症を含む)と先天性異常の増加がみられた(Kulakov et al., 1997)。

12.   リクビダートル(事故処理作業員)を父に持つ女児は思春期の発来が早まるとともにその期間が長く、第二次性徴に障害がみられた(Teretchenko, 2004)。

13.   十代の少年少女における慢性腎盂腎炎、腎臓結石、尿路疾患の発生率は、その地区の汚染の程度と相関関係にあった(Karpenko et al., 2003)。

14.   汚染地域における卵巣嚢腫や子宮筋腫を含む女性生殖器疾患の発生率は、大惨事後の5、6年間、有意な増加をみせた(Gorptchenko et al., 1995)。

15.   汚染地域では月経周期障害と診断される患者が多かった(Babich and Lypchanskaya, 1994)。汚染地域における月経障害の症例数は、大惨事以前と比較して3倍になった。事故当初の数年間は月経過多となり、5年から6年経過した後には月経の回数が減少または停止した(Gorptychenko et al., 1995)。被曝し、診察を受けた1,017人の少女のうち、14%に月経障害がみられた(Luk'yanova, 2003、Dashkevich and Janyuta, 1997)。

16.   女性リクビダートルおよび汚染地域に住む女性における胎盤の発育異常や変性は、胎盤に取り込まれたセシウム137の程度に相関した。観察された変化には、胎盤の厚さの不均等や線維瘢痕形成、嚢胞、石灰沈着、末梢絨毛間質における未分化、あるいは未熟な線維芽細胞などが含まれ、結果として新生児の低体重につながった(Luk'yanova, 2003、Luk'yanova et al., 2005、Ivanyuta and Dubchak, 2000、Zadorozhnaya et al., 1993)。

17.   大惨事後8年から10年経つと、避難者および汚染地域の住民のあいだで自然流産や妊娠後期における妊娠中毒症、早産、その他妊娠にまつわる異常の発生頻度が有意に増加した(Grodzinsky, 1999、Glubchykov et al., 2002、Kyra et al., 2003)。

18.   大惨事後8年から9年のあいだ、女性リクビダートルの月経障害の発生率が有意に増加した。若い女性(1986年から1987年当時の平均年齢が30.5歳)のうち、合計84%が被曝後2年から5年のあいだに月経過多症を発症した(41.2%が子宮筋腫、19%が乳腺線維腺腫症、16%が遅延性の高プロラクチン血症を伴う希発月経だった)(Bezhenar' et al., 1999)。

19.   大惨事当時に周閉経期にあった女性リクビダートルは早発閉経し(46.1± 0.9歳)、約75%に更年期症候群と性欲の減退がみられた(Bezhenar et al., 2000)。

20.   汚染地域に住む妊婦のうち、合計54.1%に子癇前症、貧血、胎盤の損傷がみられた(対照群では10.3%)。78.2%は出産時に合併症と過多出血があった(対照群の2.2倍。Luk'yanova, 2003、Sergienko, 1997, 1998)。

21.   キエフ州の重度に汚染された地域では特に流産が頻発した(Gerasymova and Romanenko, 2002)。汚染地域では自然流産が起こるリスクがより高い(Lipchak et al., 2003)。

22.   重度汚染地域の女性のあいだでは、流産や妊娠合併症、再生不良性貧血、早産の起こる頻度がより高い(Horishna, 2005)。

23.   汚染地域の住人で前立腺腺腫のある者のうちの約96%に、膀胱の尿路被覆上皮に前ガン病変が見つかった(Romanenko et al., 1999)。

24.   ドネツィク市で調査対象となったリクビダートルの夫婦250組のうち、59 ± 5%は被曝が原因で、また19 ± 3%は放射線恐怖症 (訳注2)が原因で性機能障害を経験した。別の研究によると、男性リクビダートル467人(21歳から45歳)のうち41%に精巣アンドロゲン機能の低下や、エストロゲンと卵胞刺激ホルモンのレベルの上昇などの性腺機能異常がみられた(Bero, 1999)。

25.   大惨事後7年から8年のうちに、リクビダートルの約30%に性機能障害と精子異常が起こった(Romanenko et al., 1995b)。

26.   チェルノブイリの大惨事が起きた当時とその後にベータ線とガンマ線を被曝したことが原因で慢性放射線皮膚炎を患う12人の男性のうち、ふたりは勃起不全を、その他の者はさまざまな性機能障害を報告した。ひとりは無精液症、ふたりは無精子症、ひとりは精子減少症で、精子数が正常な者は4人だった。3人に奇形精子の増加がみられ、3人に精子運動性の低下がみられた(Byryukov et al., 1993)。

27.   調査対象となったリクビダートルのうち、42%は精子数が53%減少し、可動精子の割合が低下(対照群が70〜75%であるのに対して 35〜40%)、死滅精子の数は対照群の25%に対して70%近くにまで増加した(Gorptchenko et al., 1995)。

28.   1986年から1987年にかけて作業に従事した男性リクビダートルの泌尿生殖器系疾病の罹病率は、1988年から2003年のあいだに10倍増となった。その内訳は、1988年には 1,000人あたり9.8例、1999年には1,000人あたり77.4例、2003年には1,000人あたり98.4例(Baloga, 2006)である。


表5.36 ブリャンスク州の、汚染度が1平方キロメートルあたり5キュリーを超える
地域の子どもの泌尿生殖器の罹病率(1,000人あたり)。
1995〜1998年。(Fetysov, 1999b、表6.1)


5.6.3 ロシア

1.   オリョール州のムツェンスク地区(1平方キロメートルあたり1〜5キュリー)とヴォルホフ地区(1平方キロメートルあたり10〜15キュリー)では、生殖器の発達異常および性発達の遅れと放射能汚染の程度に相関関係があった(Kulakov et al., 1997)。

2.   オリョール州のムツェンスク地区(1平方キロメートルあたり1〜5キュリー)とヴォルホフ地区(1平方キロメートルあたり10〜15キュリー)では、婦人科疾病の罹病率(妊娠中の貧血症、出産後の貧血、異常分娩を含む)は、放射能汚染の程度に相関した(Kulakov et al., 19997)。

3.   全体として、1995年から1998年までに行われた調査によると、ブリャンスク州の汚染地区の大部分で子どもの泌尿生殖器の罹病率が州全体のそれよりも高かった(表5.36)。

4.   1995年から1998年まで行われた調査によると、ブリャンスク州に住む成人の泌尿生殖器系疾病の罹病率は1ヵ所を除く全汚染地域で著しく増加した(表5.37)。


表5.37 ブリャンスク州の汚染度が1平方キロメートルあたり5キュリーを超える
地域における泌尿生殖器系疾病の罹病率(1,000人あたり)。
1995-1998年。(Fetysov, 1999a、表5.1)


5.   ブリャンスク州とトゥーラ州の重度汚染地域の何ヵ所かで、成人女性の泌尿生殖器系疾病の罹病率は汚染の程度に相関した(表5.38)。


表5.38 セシウム137で汚染されたトゥーラ州とブリャンスク州の一部地域の女性における、
生殖器系疾病と前ガン病変の発生率(Tsyb et al., 2006)


6.   リクビダートル(1986年から1997年に作業に従事)の家庭における自然流産の発生頻度は、リャザン州で事故後の最初の7年間に有意な増加がみられ(図5.9)、一般集団(4.6 ± 1.2%)の4倍(18.4 ± 2.2%)であった(Lyaginskaya et al., 2007)。

図5.9 1987年から1994年に行われた調査による、
リクビダートルの家庭(黒点)とリャザン州全体(白点)における
自然流産の発生率(単位は%)(Lyaginskaya et al., 2007)


7.   リクビダートルの家庭から届け出のあった妊娠件数全体のうち、合計18%が流産に終わった(Lyaginskaya et al., 2007)。

8.   リャザン州出身者で1986年に作業に従事したリクビダートルとその他の核産業従事者が、長期にわたって不妊症を患ったことが最近になってようやく明らかになった(Lyaginskaya et al., 2007)。

9.   大惨事の4年後、(診察の対象となった94人中)15%近いリクビダートルに、同年齢の男性と比較して死滅精子数の増加、精子の可動性低下、射出精液中の酸性ホスファターゼの濃度上昇といった有意な差異がみられた(Ukhal et al., 1991)。

10.  大惨事の翌年、リクビダートルの男性機能は顕著に低く、精子検査の結果、量的な基準値を満たさないものが42%、質的な基準値を満たさないものが52.6%に達した(Mikulinsky et al. 2002、Stepanova and Skvarskaya, 2002)。

11.   クラスノダール州に住むリクビダートルの精巣組織に病理形態学的な変質が発生し、被曝後まもなく精子形成に悪影響を及ぼす自己免疫性精巣炎が起きた。大惨事から5年後には精細管で、10年から15年後には間質組織でリンパ球浸潤が起きた。

12.   診察を受けた男性リクビダートルの半数は性交能力が低かった(Dubivko and Karatay, 2001)。


表5.39 リクビダートルにおける泌尿生殖器疾病の発生率の推移(1万人あたり)。
1986-1993年。(Baleva et al., 2001)


13.   男性リクビダートルにおける泌尿生殖器疾病の発生率は、1991年の1.8%から1998年の4%へと上昇した(Byryukov et al., 2001)。

14.   検査の対象となった50人のリクビダートルは精子の数が基準値よりも有意に低かった(Tsyb et al., 2002)。

15.   リクビダートルの泌尿生殖器系疾病の罹病率は、1986年から1993年までに40倍を上回る増加をみせた(表5.39)。

16.   116人のリクビダートルを検査したところ、3分の1に性交障害があった(Evdokymov et al., 2001)。

17.   検査の対象となったリクビダートルの計21%は、精子に可動性の低下と形態の変化がみられた。一部のリクビダートルの精子は、未成熟細胞を6%から8%含んでいた(基準値は1〜2%。Evdokymov et al., 2001)。

18.   リクビダートルにおける異常精子の発生率は、染色体異常の発生率に相関した(Kondrusev, 1989、Vozylova et al., 1997、Domrachova et al., 1997)。

19.   大惨事の5年から15年後、被曝線量の高かったクラスノダール地方のリクビダートルには、自己免疫性精巣炎および精巣組織の病変(精細管の50%近くにリンパ球浸潤と硬化症、間質組織の線維症その他)がみられた(Cheburakov et al., 2004)。

5.6.4. その他の国

1.   アルメニア(訳注3)。大惨事の10年後に調査の対象となったリクビダートルの大多数に精子形成障害がみられた(Oganesyan et al., 2002)。検診を受けたリクビダートルの子ども80人については、腎盂腎炎の発生率の上昇がみられた(Hovhannisyan and Asryan, 2003)。

2.   ブルガリア。チェルノブイリ原発事故後の妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)の増加は、放射線被曝線量の増加と関連がみられた(Tabacova, 1997)。

3.   チェコ共和国。チェコ共和国の領土のうち、チェルノブイリの放射性降下物の被害がもっとも大きかったボヘミアとモラヴィアでは、600ヵ月(1950年〜1999年)におよぶ対象期間中、1ヵ月間に生まれた男児の数に変化があったのは一度きりである。1986年11月に生まれた男児は、長期的にみた人口統計学的傾向から予測される数より457人少なかった(Perez, 2004)。大惨事当時に妊娠7週から9週だった新生児にこの減少が起きた。

4.   イスラエル。イスラエルに移住したリクビダートルの精子頭部は、同じく移住した同年代の被曝しなかった男性と比較して、量的な超微形態学的パラメータに関して有意な差異がみられた(Fischbein et al., 1997)。

5.   その他の国。デンマーク、フィンランド、ドイツ、ハンガリー、ノルウェー、ポーランド、スウェーデンでは、1982年から1992年まで行われた調査によると、新生児の性別比に大惨事による長期的な遅発性の影響が現れた。1987年には、男児の割合が性別のオッズ比1.0047 (95% CI: 1.0013〜1.0081、p < 0.05)で増加した。ドイツにおける1986年から1991年のあいだの男児の割合と、その地区における被曝線量のあいだにみられる明らかな関連は、年間1ミリシーベルト上昇するごとに性別のオッズ比1.0145(95% CI: 1.0021〜1.0271, p < 0.05)となって現れた(Frentzel-Beyme and Scherb, 2007)。

5.6.5 結論

チェルノブイリの放射性降下物に汚染された地域に住む成人男女および子どもたちにみられる泌尿生殖器の疾病が、時間の経過とともに、より広範に広がりつつあることは明らかである。生殖機能の不全はもっぱら心理的要因(ストレスの多さ)によると主張する者もいるが、精子の異常、生殖障害、子どもたちの先天性異常をストレスのせいにすることはむずかしい。チェルノブイリからの放射線照射が、リクビダートルや汚染地域に住む何百万人もの人びとの泌尿生殖器系疾病の罹病率と生殖機能に与えた悪影響は次世代へ、さらにその次の世代へと続いていくことだろう。


<訳注>


1. 硬化嚢胞性卵巣:卵巣の表皮が硬化し排卵しにくい状態にある卵巣。慢性無排卵等となり、卵巣から過剰のアンドロゲンが分泌され、多毛や月経異常等の症状が表われると考えられる。多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、スタイン・レヴェンタール症候群ともいう。

2. 放射線恐怖症 :放射線や放射性物質に対する恐怖症をいう。恐怖症そのものは特定の具体的な対象に対して恐怖を抱き、心理学的および生理学的(例:慢性疲労、睡眠障害、情緒不安定、記憶障害、注意障害など)、時に社会的に恐怖に由来する過剰な反応を起こす状態をいう。精神医学的な身体症状(例:筋肉の硬直や痛み)を伴うこともある。近年は社会的な嫌悪や忌避の意の意味で用いられることがある。

3. アルメニア:アルメニア共和国。事故当時はソ連邦の一部で(91年に独立)、事故処理作業に多くの人が従事した。アルメニア共和国保健省の放射線医学研究所ではリクビダートルの健康状態を追跡調査している。